私たちについて

産婦人科学講座について

主任教授 岡本 愛光

平成25年(2013)には、創設110年目を迎えた産婦人科学講座は135名(平成27年1月現在)もの医局員を擁する本邦有数の大教室です。ここ数年、多くの若手医師が入局したことで、教室はますますの隆盛に向かっており、医局員全員が一丸となって附属4病院ならびに15の関連病院・施設において、産科、婦人科腫瘍・生殖内分泌、女性医学を中心に精力的な臨床・研究活動を行っています。

主任教授 岡本 愛光

講座の歴史

1903(明治36)年5月13日、私立東京慈恵医院医学専門学校が認可されると同時に樋口繁次が初代教授に就任し、産婦人科学講座が誕生いたしました。樋口繁次(在任期間:明治36年〜昭和4年)以来、小島譲(昭和5年〜17年)、樋口一成(昭和17年〜44年)、渡辺行正(昭和40年?51年)、細川勉(昭和44年〜58年)、蜂屋祥一(昭和51年〜61年)、寺島芳輝(昭和61年〜平成7年)、田中忠夫(平成7年〜平成23年)らが講座担当(主任)教授を務めており、平成24年4月より岡本愛光が主任教授を務めています。 当初、本講座は主任教授のもと一講座一診療科の体制でありましたが、樋口一成が昭和33年に本学学長に就任し、昭和44年に教授を辞するに伴い、樋口一成と渡辺行正との二人体制による一講座一診療科制が改められ、二講座一診療科の体制となりました。それは学長・樋口一成による産婦人科学講座の隆盛を考えた結果であり、第一講座の主任教授に渡辺行正が就き、細川勉が第二講座の主任教授に就任しました。この体制は昭和51年3月の渡辺行正の定年まで続き、その後、後任の第一講座主任教授として蜂屋祥一が就任した時から診療科も二つとなり、産婦人科学講座は完全に分かれた体制となりました。昭和58年、細川勉が在職中に逝去したことに伴い15年間続いた二講座体制は終わり、昭和59年から蜂屋祥一のもとで再び一講座一診療科制に戻り、以降、現在までこの体制が続いております。

慈恵産婦人科学講座の歴代主任教授(明治36年~)
  • 樋口 繁次

    樋口 繁次

    慈心妙手、樋口式横切開法、ギネ帽

  • 小島 譲

    小島 譲

    功をあせるより失敗なきように

  • 樋口 一成

    樋口 一成

    卵巣腫瘍病理研究(樋口・加藤の分類)文部省卵巣腫瘍総合研究班
    私学初の日本産婦人科学会会長、日本医学会総会会頭

  • 渡辺 行正

    渡辺 行正

    胎盤・絨毛性疾患の病理学的研究

  • 細川 勉

    細川 勉

    女性性器がんの発がん過程の病理学的研究

  • 蜂屋 祥一

    蜂屋 祥一

    子宮内膜の機能と形態

  • 寺島 芳輝

    寺島 芳輝

    夢を希望に希望を現実に
    卵巣腫瘍の病理・臨床(手術・化学療法)
    分子生物学的研究の導入

  • 田中 忠夫

    田中 忠夫

    調和の大切さ、産科・生殖・腫瘍学のすべてに力を注ぐ
    総合母子健康医療センターの設立
    求心力、人材育成、医局員の増加

  • スタッフ紹介

    スタッフ紹介

  • 診療実績

    診療実績

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