いつも世界の女性と子供をために働いていただきありがとうございます。本日は佐村が岡本教授にかわり担当いたします。
1週間前には第11回日本胎児MRI研究会学術集会にご参加いただきありがとうございました。現在、胎児MRIは保険適用でなく、アピールは続けていますが、まだ難しい状況です。医療や手術手技などは、保険医療になってやっとそれが認められたのだと感じられる気がします。
話がかわって、本日は私の経験の一部をお話しできればと思います。
私が産婦人科医としての道を歩み始めてから、早いもので36年が経ちました。最初は広島の大学病院、地域の中核病院、そして診療所と、様々な現場で産科・婦人科医療に携わってまいりました。この36年間、平坦な道ばかりではありませんでしたが、振り返ってみると、すべての経験が今の自分を形成する礎になっていると実感しています。
今日は、その中でも私が産婦人科医として16年目を迎えた頃に経験した、ある出来事についてお話ししたいと思います。今から20年前の出来事です。実はこの頃、私は非常に苦しい状況に置かれていました。上司との関係に悩み、自分の診療に対する評価、立ち位置、将来像にまで迷いが生じていました。毎日の出勤が重く、当直明けの朝は、ただでさえ疲弊している身体以上に、心の疲れが蓄積していくような感覚がありました。半年間、自分の医局の机に行くことすらできない状況でした。
医師として、そして社会人として、我慢や忍耐が必要な場面は多々あります。特に医療の現場では、目の前の患者さんに対してベストを尽くすため、自分の感情を後回しにする場面も少なくありません。しかし、当時の私は、限界が近づいていることに気づいていながら、それを「逃げ」だと思い込んで、踏みとどまることにこだわりすぎていました。
そんな中、ある日ふと、「この状況から物理的に距離を取ってみることが、自分にとって必要なのではないか」と考えるようになりました。そして、悩んだ末に、当時の勤務病院を離れ、別の病院で新たなスタートを切るという決断をしました。
その決断には、当然ながら不安も伴いました。環境が変わることで、これまで築いてきた関係性や立場がリセットされること、また新しい職場でうまくやっていけるのかというプレッシャーもありました。しかし結果として、あの時の「距離を取る」という選択が、私自身の医師人生を再構築する重要な一歩となりました。
「逃げる」という言葉には、どうしてもネガティブな響きがあります。しかし、「逃げる」ことと「戦略的に距離を取る」ことは、本質的に異なるものだと、今でははっきりと感じています。自分を守ること、持続可能な働き方を模索することは、決して後ろ向きなことではありません。むしろ、それは長くこの仕事を続けるための「前向きな自己防衛」だと思います。
医局員の皆さんも、それぞれのキャリアのステージで、さまざまな困難に直面されることがあるでしょう。時には人間関係、時には臨床的な判断、あるいはプライベートとのバランスなど、悩みの種類も多様です。そんな時、まずは自分の心の声に耳を傾けてみてください。頑張ることは大切ですが、それ以上に、自分自身を大切にすることを忘れないでいただきたいと思います。
最後に、私たちが日々向き合っている産婦人科医療は、人の命と人生に深く関わる、極めて尊い仕事です。だからこそ、自分自身を大切にしながら、この仕事を続けていくことが大切なのです。
この一週間も、皆さんそれぞれが、自分の役割を果たしながら、無理をせず、協力し合って乗り越えていけるよう願っています。私自身も、皆さんと共に、より良い医療を目指して日々努めてまいります。今週もよろしくお願い申し上げます。