皆さんこんにちは。毎日一生懸命患者さんのため、慈恵医大産婦人科講座のため、家族のため、世界の女性の幸せのために頑張ってくださって誠に有り難うございます。
GWは25年ぶりにシンガポールに参りました。25年前とはFIGOがシンガポールで開催される年で、私はちょうどがんセンターから慈恵へと戻って間もない時でした。そのFIGOで私は「卵巣がんのp53遺伝子の変化」についてオーラルプレゼンテーションをしました。私にとっては初めての国際学会であり、英語での発表ということもあってとても緊張していたことを覚えています。発表はなんとかやり切りましたが、その時の様子を当時の主任教授である寺島教授はカメラで収めてくれていました。後々見返した写真はかなりのピンぼけでしたが、教授に撮影していただいたというだけでとても光栄に感じ、さらに頑張ろうと思えたものです。ですので、私はなるべく若い医局員の先生方が発表している時には写真を撮影しようと思っています。しかし、このごろは会議が多くなり時間的に写真撮影はおろか発表も見にいけないことがしばしばあるので先生方には申し訳なさを感じています。
さて、今回宿泊したホテルには4階にバーラウンジがありましたが、そのホテルは吹き抜けになっているため、客室の廊下からちょうどそのラウンジを見下ろすことができます。そこは、私が25年前にFIGOで寺島教授を囲み他の大学の先生方と語り合ったバーでした。今思えば私にとってまさにこの時が外交デビューだったのではないかと思います。寺島教授が「これからはボーダーレスの時代であり、大学の枠を超え、さらには日本を超え外国と仲良くしないといけない」と仰っていたのを未だに覚えておりますし、当時浜松医大にいらっしゃった小林先生、現在の奈良県立医大の小林浩教授でいらっしゃいますが、小林先生がそのとき「静岡では卵巣癌検診が県をあげて始まりました」とおっしゃられていたのもとても印象的でした。そのビッグプロジェクトからあの有名な卵巣チョコレート嚢胞の悪性化が証明されたわけです。私はその時ただただ聞いているだけでしたが、25年経ち同じ場所を目の前にして、このバーラウンジからすべてが始まったんだなというノスタルジーに浸りました。
25年という歳月ですが、過ぎてみればあっという間です。今やるべきことを見つけてその目標に向かって地道に努力し継続すること、まさに勇往邁進です。皆さんにもそのような日々を過ごしていただきたいと思います。それでは今週もよろしくお願いします。